9月18日、豊国忌『豊臣秀吉公御法要』

◎豊国忌『豊臣秀吉公御法要』をお手伝いさせていただきました。

1598年9月18日、戦国乱世にあった天下を統一し、戦乱の世を終らせた偉大な英雄『豊臣秀吉』公は、遺児秀頼の将来を案じながら亡くなりました。

その秀吉公にとって、天下万民に対してどのように泰平の世を演出するかという事は”惣無事”を実現していく上で、非常に重要なポイントでした。

醍醐の花見は世紀の大事業で、身分を超えて茶の湯を楽しめるということもあり、また武将の多くは留守居とし、陰の功労者であった女房衆を招いたという事は画期的なイベントだったのです。

醍醐寺は秀吉により復興され、秀頼はその意志を受け継ぎ、亡父を偲んで醍醐寺をさらに大きくします。
一般的には江戸幕府の陰謀で大金を使わされたと伝わっていますが、こと醍醐寺に関しては、秀頼の想いは強く、今も鑑定こそ進んでいませんが、秀頼の名が入った遺品が数多く、近年まで仏事で使われていたとも言われています。(最近は保存のために使用を控えているとのこと)
そして、大坂の陣で豊臣家が亡き後、徳川の世となった後も、醍醐寺においては秀吉の命日に「豊国忌」として、密かに秀吉の慰霊が催されてきました。

今回、悠久の時を超えて、醍醐寺が宇宙寺院の建立という事業に望むにあたり、恩人である秀吉公の御法要を企画され、豊国忌にあたる2021年9月18日に、かつてのご家臣のご子孫をお招きしたいと戦国魂にご相談がございました。

かねてより、個人的に豊家ゆかりのご子孫の方々とは好があり、これは皆様にとっても非常に良い事であり、混沌たる日ノ本に今一度太閤殿下の闊達な明るさを以って、邪気をお祓いいただくべきだと考え、開催間近ではございましたが急遽ご子孫の方々(真田幸村ご子孫、大谷吉継ご子孫、長宗我部元親ご子孫)にご参列いただきました。

平時であれば、十分な告知期間とご依頼を行い、盛大にすべきでしたが、コロナ禍ということもあり、控えめにご参集いただきました。

秀吉公が直接縄張りされたお庭を抜け、本堂には肖像画掛軸と位牌があり、台風の予報ではございましたが、亡き太閤殿下の天性の明るさでありましょうか、お天気も回復し、爽やかな風のなか御法要は無事に終りました。

 普段歴史イベントを企画運営することは多いのですが、このような特別な機会に、少なからず関わらせていただいたことに感謝申し上げると共に、大変な中ご参列いただきましたご子孫の皆様、お招きいただきました醍醐寺様をはじめ関係者の皆様に心より御礼申し上げます。

戦国魂プロデューサー 鈴木智博 拝